高松高等裁判所 昭和58年(ネ)14号 判決 1984年4月11日
控訴人
Y1
右訴訟代理人
戸梶大造
被控訴人
西田吉輝
右訴訟代理人
徳弘壽男
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 申立
(控訴人)
1 原判決中、控訴人敗訴の部分を取消す。
2 被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。
3 被控訴人は控訴人に対し、金三一〇万円及び内金二八〇万円に対する昭和五二年九月六日から、内金三〇万円に対する昭和五四年四月一二日から、各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。
(被控訴人)
主文と同旨。
第二 当事者双方の主張は、左に付加するほか、原判決の事実欄第二記載のとおりであるから、それを引用する。
(控訴人)
一 原審昭和五四年(ワ)第一一七号事件につき、原審昭和五三年(ワ)第四六一号事件の相被告有限会社Y2(以下、Y2という。)の代表者である控訴人から被控訴人へ委託して不動産競売申立手続を行つた結果被控訴人の過失により控訴人が損害を被つたことの主張を、次のとおり敷衍する。
1 控訴人が被控訴人に競売申立を依頼した本件不動産任意競売手続は、旧競売法の手続が適用されたものであるところ、同法二四条によれば、任意競売の手続に当つては抵当権付債権の存在を疎明すべき文書及び競売に付すべき不動産に関する登記簿の謄本を添付しなければならないとされており、Y2は競売手続を被控訴人に依頼するに当り、乙五号証、乙六号証及び乙七号証等を抵当債権の存在を疎明する文書として提出すべく、これを被控訴人に交付し、更に競売に付すべき不動産のうち土地については登記簿謄本を交付し、更に本件建物については乙一四号証と乙三七号証についてはこれを一体として提出しなければ登記簿謄本とならないところから、これを共に被控訴人に交付したが、被控訴人はこれを同一のものと誤信して乙三七号証を控訴人に返還し、結果として右建物については一二〇番ノ四の専有部分について登記簿抄本を提出したに止まり、このため専有部分一二〇番ノ七の建物の競売手続を脱落するに至つたのである。
乙三七号証は控訴人が他の競売物件(原判決別紙第一目録の物件)の不動産とともに競売にすべく、同時に法務局において、抄本の下付を得ていることは抄本の作成日(昭和五一年一二月八日)が全く同一であることからして十分これを推察しうるところであり、わざわざ同時に登記簿謄本の交付をうけながら殊更乙三七号証を除いて競売手続の依頼をすべき特段の事情でもあれば格別そのような事情のない本件において(しかもこれを除いて競売に付すれば乙三七号証の物件のみ所有者を異にする場合も生じ、競落人が不利益をうけひいては競売申立人たるY2もまた不利益をうけるに至るであろうことは一見して明らかであつた。)、Y2が殊更乙三七号証の不動産を除いて競売を依頼するとは到底考えられないことからみて、乙三七号証を乙一四号証と一緒に被控訴人へ渡して競売申請手続を委託したところ、後日、被控訴人から乙三七号証を不要だとして返還されたという控訴人の供述は信用できるものであり、被控訴人において乙三七号証の一枚目表の表題部が、乙一四号証のそれと全く変わらないところから、二枚目以下の専有部分の表題部の差異を十分確めず、全く同一の登記簿抄本と速断し、乙三七号証を必要ないものとしてこれを控訴人に返還したものと解することができる。
この点で、被控訴人は乙一四号証と乙三七号証の物件を全く同一と誤信したこと及び抵当権設定契約書(乙四号証)により抵当権設定がなされた後に右建物は家屋番号一二〇番四と一二〇番七に岐れ、専有部分が別に表示されるに至つたことを見逃すという二重の過失をおかしたといわなければならない。
2 仮に、もともと控訴人が乙三七号証を被控訴人に交付せず本件建物について乙一四号証のみを交付していたものとしても、被控訴人の責任は何等異なるものではない。即ち、右建物は抵当権設定登記当時は、専有部分の登記はなされていなかつたが、これがその後に経由され、専有部分が一二〇番ノ四と一二〇番ノ七の二個に岐れていたのであるから乙一四号証(一二〇番ノ四)のみでは競売に付すべき不動産の登記簿謄本を提出したことにはならず、登記簿抄本にすぎないから、競売手続を委託された被控訴人としては、司法書士法一条の二の業務に関する規定にかんがみ、右申立の手続として競売法においてどのような添付書類を提出する必要があるかについて、法の規定を十分確め、これに添うよう書類を完備して提出する責務があるから、乙一四号証だけでは競売申立書に添付すべき書類として不備であることを十分認識し、この旨を控訴人に告げて登記簿謄本として完備すべく乙三七号証を持参させるなどの措置をとるべき義務があつた。
然るに、被控訴人は右の点を看過し、漫然と乙一四号証の登記簿抄本のみを添付して競売申立手続をとつた過失により結果として一二〇番ノ七の専有部分の競売手続を脱落するに至らしめた。
共同担保物件のうち全く独立の不動産を一部除いて競売に付するのと、専有部分が岐れているその一部を残して競売に付するのとは全くその性質を異にし、専有部分の岐れている場合は、これが一体となつて初めて一個の登記簿謄本が完備したことになるのであるから、競売申立の委託を受けた司法書士としてはこれを全部揃えて登記簿謄本としての性質を具備したものを提出すべきは当然であり、その一部に欠落あるときは、当然依頼者に照会して脱落している登記簿抄本を持参させ、登記簿謄本としての性質を完備させて添付書類として提出すべき義務があるといわなければならない。仮りに、登記簿謄本を提出すべき義務があるという点を別としても、控訴人が被控訴人に交付した乙四号証の根抵当権設定契約書の物件の表示からみても、家屋番号一二〇番ノ四の建物が乙一四号証によりその後専有部分として一二〇番ノ四と一二〇番の七に岐れていることは当然わかる筈であるから、専有部分一二〇番ノ七の登記簿抄本を共に添付しなければ、乙四号証の一二〇番ノ四の建物にならないことは十分気づく筈であり、控訴人が乙四号証を交付して、これ等の物件を競売に付するための申立を依頼しているのであるから、持参した登記簿抄本が不足で、右建物全部の登記簿謄本に足らないのであれば、一部競売に付さない特別の理由があるか否かを依頼者に確める義務も当然にあるものといわなければならない。
乙三五号証の高知地方法務局総務課長の意見によつても、登記簿抄本を添付して競売申立書を提出した行為は司法書士としての注意義務に欠ける所為といわざるを得ないとしているし、福岡高裁昭和五三年七月一〇日判決(判例時報九一四号七一頁)は、司法書士業務が適正に行なわれるよう書類の作成に当つては、細心の注意を払う義務があるとしている。
被控訴人が依頼者であるY2に対する善良な管理者の注意義務を尽しておれば、Y2が持参した登記簿謄本中に乙三七号証が欠落していることに気づき、Y2に連絡して、乙三七号証の物件(原判決別紙第二目録の建物)を除外して競売すると、建物の所有者を異にする結果となることもあり得て、その場合は土地の所有者が法定地上権を甘受せざるを得ないこととなり、競落価格が予想外に安くなる不利益を受けるであろうことについて、Y2に注意を換起し、Y2において殊更乙三七号証の物件を除外して競売申立をする意思であるか否かを確認すべき義務がある。
3 被控訴人において右1ないし2の注意義務を怠つたことが、控訴人の二八〇万円の損害の原因となつたものであるから、被控訴人の受任者としての善良な管理者の注意義務の違反と、控訴人の右損害との間には相当因果関係があるというべきである。特に控訴人がY2の代表者である以上当然因果関係は認められるべきである。
二 原審昭和五三年(ワ)第四六一号事件に関し、被控訴人の主張に対する反論を次のとおり敷衍する。
前記一のとおり、被控訴人は控訴人に対し、被控訴人の過失により被つた控訴人の損害を賠償すべき義務があるから、控訴人がその責任を追及して、被控訴人に電話等により弁償を求めたとしても、それは正当な権利の行使であつて、何等違法とするに当らない。控訴人が右弁償の催促において違法不当な行動をとつた事実はない。
(被控訴人)
控訴人の前記主張のうち、被控訴人がY2の代表者である控訴人から乙一四号証の物件等につき競売申立手続を委託されたことは認めるが、乙三七号証の物件についても同様の委託を受けたとの控訴人の主張及び被控訴人に委託事務の履行につき過失があつたとの主張をすべて認めない。
1 控訴人は第一次的主張として、被控訴人が乙三七号証を乙一四号証と同時に控訴人から渡されたのに、乙三七号証と乙一四号証の表題部一枚目表が同一記載であることから、乙三七号証二枚目以下を確かめなかつたというが、被控訴人において不確認のままでは乙一号証(不動産競売申立書)の作成にあたり「不動産の表示」における物件を特定することができないことからみても、右主張は不当である。
2 本件競売の申立者はY2であり、控訴人はその代表者であつて、常日頃競売物件には関心があり、競売の対象である物件が何であるかは開始決定で決まる事実を、控訴人及びY2は熟知しているのみならず、法人及び代表者個人の区別をも熟知し、かつ利用している金融業者である(原審における控訴本人の供述)から、Y2の競売申立物件がなんであるかは、その競買人たらんとする控訴人自身が開始決定を一読すれば疑義をはさむ余地なく判明することであり、控訴人において自己の欲する物件が脱落しているならば、競売に参加するはずもない。
Y2の申立物件を、控訴人個人がその競売開始決定に記載された不動産の競売手続に参加し、一旦競落しながら、競買保証金を勝手に放棄したからといつて、被控訴人がその競売保証金を控訴人に対し弁償すべきいわれがなく、被控訴人に弁償義務がないのに、控訴人が因縁をもつて金員の支払を強要したのである。
3 控訴人は商事会社の代表者として、通常のいわゆる素人と異なり、競売に必要とされる物件の登記簿謄本及び区分所有権の物件については「ただし請求に係る専有部分についての登記の全部を謄写した」旨の認証ある登記簿抄本を自ら法務局で交付を受け、該書類の不動産物件の競売申立書類の作成及び裁判所への提出を被控訴人に嘱託したものであり、その際、控訴人は不動産競売申立に必要な登記簿謄本にかえて、区分所有権の登記ある建物については、「専有部分についての登記の全部を謄写した」旨の認証ある登記簿抄本をもつてこれにかえる取扱いである事実を知つていたが故に、完全な謄本でなく右抄本を法務局より交付を受けて、これを被控訴人に交付したのである。
控訴人は乙一四号証と乙三七号証とを一体として提出しなければ、登記簿謄本にならないというが、建物の区分所有権にかかる不動産競売の場合、区分所有権の「専有部分についての登記事項の全部が謄写された」認証のある登記簿抄本をもつて、登記簿謄本にかえる取扱手続がなされていたもので、該事実を知つていたからこそ控訴人は該抄本の交付を受け、被控訴人に手交したのである。
4 不動産抵当権者が、共同担保物件中その一部を競売に付するか、全部を競売に付するかは自由であり、物件を特定して競売申立書類の作成を依頼された司法書士が、「共同担保物件目録中の一部に過ぎない。全部を競売せよ」など干渉すべき権限も義務もない。脱落とは、競売すべき物件を特定したにかかわらず、その特定物件より競売開始決定のなされた物件数の不足する場合であり、数筆の共同担保物件中、一部について競売物件を特定してきた場合、その一部すべてに競売手続開始決定がなされた本件のような場合に脱落の観念を容れる余地はない。
まして本件は前叙のように、競売開始決定記載の不動産物件を、控訴人が個人として一旦競売手続に参加して競落しながら、その後の残代金を納付せずして競買保証金を勝手に流したものであり、Y2の競売申立と、控訴人との競落との間に因果関係はない。
5 控訴人は共同担保物件のうち全く独立の不動産を一部除いて競売に付するのと、専有部分が岐れているその一部を残して競売に付するのとは全くその性質を異にするというが不当である。
建物の区分所有等に関する法律一条により、一むねの建物の構造上区分された数個の部分で、独立して住居、店舗、その他建物としての用途に供するものがあるときは、その各部分は、この法律の定めるところにより、それぞれ所有権の目的とすることができるから、それぞれの部分が独立した担保物件である。従つて、区分所有権の存する場合、各別に抵当権設定の対象となるものであつて、その一筆に抵当権設定したとしても、他に抵当権の効力が及ぶものではない。
甲二二号証(賃貸借取調報告書)、同二三号証(不動産評価書)を見ても明白なごとく、区分所有権の一筆について、報告、評価がなされ、甲二四号証(競売及び競落期日公告)によつても、「専有部分の建物の表示」としてその最低競売価額が付されている事実が明白である。
6 控訴人は、本件の不動産競売において、自らの意思で競落人となり、さらに自らの意思でその地位を放棄したものであるのに、その結果、保証金が没収となるや、控訴人が競買保証金を没収されたのは、被控訴人の行為によるものであるとのいわれなき因縁をふきかけ、損害賠償をせよとの脅迫を連続したのであるから、正当な権利の行使であるとは到底いえない。
第三 当事者双方の証拠関係<省略>
理由
一当裁判所は原審で提出された証拠に当審で追加された証拠を総合検討した結果、被控訴人の本件請求(原審昭和五三年(ワ)第四六一号)は、原判決が認容した限度で理由があるが、その余の請求は理由がなく、控訴人の本件請求(原審昭和五四年(ワ)第一一七号)はすべて理由がないと判断するが、その理由は、後記説明を付加するほか、原判決の理由中の控訴人と被控訴人関係部分説示のとおりであるからそれを引用する。ただし、原判決七枚目裏七行目の「原告」を「原審当審における被控訴」と改め、原判決八枚目表三行目の「被告Y1」を「原審当審における控訴」と改め、原判決八枚目裏一二行目の「被告Y1」を「原審における控訴」と改め、原判決九枚目表一一行目の「4」を「3」と改め、同行目の「被告Y1」を「原審当審における控訴」と改め、原判決同枚目表一二行目の「原告」を「原審における被控訴」と改め、原判決九枚目裏一〇行目の「原告」を「原審証人細木歳男の証言、原審当審における被控訴」と改め、原判決一〇枚目裏四行目の「認められるところ、」を「認められ、原審当審における控訴本人の供述中、右認定と牴触するところは前記証拠と比較して措信できず、他に右認定を動かすべき証拠はない。」と改める。
1 <証拠>を総合すると、被控訴人が有限会社Y2の代表者である控訴人からの委託にもとづき行つた昭和五二年四月六日付不動産競売申立書(乙一号証、高知地方裁判所同月一二日受付、同年(ケ)第四〇号)に添付された不動産登記簿謄本七通は、乙一一ないし一七号証である(乙一四号証は抄本であるが、「請求に係る専有部分についての登記の全部を謄写した。」との登記官の認証がある。)ところ、その謄本の作成下付日は昭和五一年一二月一日(乙一一ないし一五号証)と同月二日乙一六、一七号証)であり、各謄本の乙区事項欄の最終登記はすべて同五一年一一月二九日受付の根抵当権設定登記と停止条件付賃借権仮登記であることが認められるから、控訴人において右不動産登記簿謄本七通は乙三七号証(原判決第二目録の建物専有部分の登記簿抄本、その作成日は同年一二月八日付)と一緒に昭和五一年一二月八日に下付を受けたこと及び右各作成日付をみればこれらを同日に不動産競売申立に使用する目的で下付を受けた書類であることが被控訴人にも推測できた筈であるとの控訴人の主張は乙一一ないし一七号証と乙三七号証は下付を受けた日が異つているのであるから採用の限りでない。
2 控訴人は、乙四号証で根抵当権が設定されている本件建物につき、その根抵当権設定登記経由後に建物の区分所有による専有登記が経由されたことは、乙一四号証をみただけでわかることであるし、このような専有表示のなされている建物については乙一四号証と乙三七号証を一体として提出しなければ登記簿謄本にならないことも被控訴人にわかつていた筈であるうえ、一棟の建物中の一部専有部分とその建物全部の敷地を競売した場合、競売の対象外の専有部分の法定地上権が生ずることとなり、競落人ひいては競売申立人に不利益になるので、たとえY2が被控訴人に乙一号証の不動産競売申立書類の作成を委託するにあたり、その根抵当権設定契約書(乙四号証)と、一二〇番四の専有部分のみの登記簿抄本(乙一四号証)しか持参せず、一二〇番七の専有部分の登記簿抄本(乙三七号証)の提出を失念していたとしても、被控訴人において乙四、一四号証をみれば、一二〇番七の専有部分にも同一の根抵当権が設定されていることがわかるので、司法書士である被控訴人としては一部の専有部分だけを競売に付することなく建物全部を競売に付するよう助言すべき義務があるというが、建物の区分所有に関する法律一条、二条、不動産登記法九三条の三、九三条、九一条二項によると、本件建物のように構造上は一棟の建物でも区分所有権が認められるものについては、その専有部分の根抵当権はそれだけで独立の権利とされ、不動産登記簿上もその旨記載されるから、専有部分の登記簿抄本であつても、当該根抵当権行使に関する専有部分についての登記全部を謄写した旨の登記官吏の認証がある限り、不動産競売手続でこれを謄本と同視しても支障がないといわなければならないし、また競売申立を行う抵当権者にとつては、その被担保債権の満足が得られる限度で、担保権を行使すればよく、一部の建物専有部分と建物全体の敷地につき抵当権の実行だけで、被担保債権の満足が得られる場合には、他の専有部分につき抵当権を実行する実益も必要性もないことが明らかであり、被担保債権の満足を得るためには担保物件全部につき抵当権を実行する必要があるのか、その一部で足りるかは抵当権実行の本人が判断すべきものであつて、その競売申立書類の作成と裁判所への申立手続を受託した司法書士において、競売申立人の右判断に関して積極的な助言、協力を行うべき責務はないといわなければならない。また、不動産競売期日に参加して競買申込みをする者は、事前に不動産評価書(乙二三号証)を閲覧するほか競売物件を現地で実査し、一個の建物のうち一定の専有部分が競売物件から除外されているため、その建物の敷地を競売しても、右除外されている専有部分についての法定地上権が生ずる可能性があるか否かを知ることができ、その可能性の有無に応じて競売申込代金額を決することができるから、一個の建物の専有部分を一括して競売に付さなければ競売申込者の利益ひいては競売申立人の利益が不当に侵害されるという控訴人の主張は理由がない。
なお、<証拠>を総合すると、競売裁判所は一定の専有部分についての競売手続において、当該専有部分についての登記全部を謄写した旨の登記官吏の認証がある登記簿抄本を競売法(ただし、昭和五四年法律第四号附則二条による廃止前のもの)二四条三項で規定する登記簿の謄本とみて受理し、他の専有部分の登記簿抄本等は提出する必要は必ずしもなかつたことが認められるので、被控訴人がY2に本件建物の一二〇番七の専有部分の登記簿抄本が欠如している旨連絡しなかつたのが受託事務の不完全履行であるとの控訴人の主張も理由がない。
本件で、被控訴人はY2の代表者である控訴人から乙一号証の不動産競売申立書作成を受託し、本件建物に関しては、乙四号証と乙一四号証にもとづき乙一号証の競売物件を特定記載したのであるから、その競売申立にかかる根抵当権設定登記が建物全体につき経由された後に、これを乙一四号証の専有部分(一二〇番四)とそれ以外の専有部分(一二〇番七)に区分する登記が経由されたことを容易に看取できたものとはみられるが、被控訴人において右の点を看取した場合、Y2に一二〇番七についてもこの際合わせて根抵当権実行を申立てるよう助言指導すべき責務があるとはいえないので、たとえ被控訴人が右の点を看過したとしても受託事務の不完全履行であるとか、不法行為上の過失があるとは認められない。
<証拠>によると、Y2のため根抵当権が設定された昭和五一年一一月二九日には本件建物は家屋番号一二〇番四店舗居宅工場瓦陸屋根二階建床面積一階172.12平方メートル、二階144.65平方メートルという一棟のものであつたのに、その翌日所有者がこれを二個の専有部分に分ける登記を行い、一二〇番四の一階100.74平方メートル、二階74.54平方メートルと一二〇番七の一階67.59平方メートル、二階66.52平方メートルとしたのを控訴人が知らなかつたためか、乙一四号証を持参して被控訴人に競売申立の手続依頼をしたため、被控訴人は乙一四号証のまま一二〇番四の専有部分のみの競売申立をしたのであるから控訴人が被控訴人を責めるのは失当である。もつとも被控訴人としては乙一号証と乙一四号証を見比べればもとの一棟の登記が専有部分として二個の登記に分れていることが判明し得たはずであるから、一二〇番四の専有部分のみの競売申立をする理由ないしこれで大丈夫か否かにつき、控訴人の注意を換起した方が親切であつたとは認められるが、競売申立を行つたのは控訴人が代表者であるY2であつて、控訴人が書類を仔細に点検すれば発見できたことであるから、書類を作成したに過ぎない被控訴人を責めるのは当を得ない。のみならず原審における被控訴本人尋問の結果によれば、二八〇万円の保証金は競売申立人であるY2が一旦競売申立を取下げさえすれば容易に控訴人は保証金の還付を受けることもできたし、控訴人が再競売で是非競落しようと思えば一二〇番七という物件が増えただけ競落価格を高くして競買申出を行うことによつて損失を防止することができたはずであつて、二八〇万円の損失が被控訴人の責に帰すべき事由によるものとはいえないので、控訴人の請求を容れる余地はない。
二よつて、本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(菊地博 滝口功 渡邊貢)